足元にたくさん咲いていました。
なぜか、二輪が並んで咲いています。
ニリンソウは、咲くのに時間差がけっこうありますが、ツルアリドオシは二輪並んで咲いていることが多い気がします。

咲きかけ。

蕾もロウソクみたいで可愛らしい花です。

葉脈も独特のカーブを描いていて、見ていて飽きない植物です。
足元にたくさん咲いていました。
なぜか、二輪が並んで咲いています。
ニリンソウは、咲くのに時間差がけっこうありますが、ツルアリドオシは二輪並んで咲いていることが多い気がします。

咲きかけ。

蕾もロウソクみたいで可愛らしい花です。

葉脈も独特のカーブを描いていて、見ていて飽きない植物です。
昨日(6月20日)に新潟県内は梅雨入りしたとみられると発表がありました。
そして、今日は夏至。
しっかり、シトシト雨の一日となりました。
梅雨と言うと鬱陶しいとかジメジメしているとか、マイナスのイメージの報道が多いですが、わたしは雨の日の落ち着いた雰囲気が好きです。
梅雨前線の雨は、風も弱く一定の強さで降るので落ち着いていられます。
太平洋戦争開戦直後に、在米外交官であった日本人の夫について日本にやってきたアメリカ人であるグエン・テラサキが、日本の季節の中で一番好きだったのが梅雨だった、と言っていたようです。太平洋戦争の5年間を日本で過ごした中で、梅雨の季節が一番好きとは、わたしにはわかる気がします。
梅雨の季節は、副交感神経が優位になり、鬱症状を発症する人もいるそうですが、わたしは、落ち着いていられるので安らかに読書などをするのに良い季節だと思います。
おそらくは、普段、神経を張り詰めて生きているようなタイプ(グエンも敵国人として戦争中を過ごしている)は、副交感神経が優位になって落ち着ける季節を好ましく思ったのかもしれません。

一年中で一番太陽の光がきつくなる日に雨とは、年寄にとってはラッキーでした。
ネタ本↓
ウリノキの花に似ていますが、すごく小さい花なので、見落とされがちです。
蕾からクルクルと中世の音楽家の髪の毛のように花弁が巻き、雄蕊、雌蕊が突出する形になります。


木の形はウスノキに似ていて、花や実をみないと、わたしには区別がつきません。
川賞作家の堀江敏幸の短篇集『雪沼とその周辺』を再読しはじめました。
2013年に読んでいるので、その記事は↓です。
味わい深い短編集で、ひっくるめて紹介するのがもったいなく思い、一編ずつ味わっていきたいと思います。
日本のどこかの山間にある小さな町です。
ちなみに、GoogleMapで検索してもヒットしませんでした。
この本の舞台は、雪沼の町と、そこへつづく県道沿いになります。
普通に住む人たちの人生の一幕を切り取る形のお話です。
泥を焼き固めて作られた立方体の建築資材で、赤茶色のものが多くあります。
なんて、説明しなくてもご存じの方の方が多いでしょう。
小説では、クラシックなオーディオ装置の下に敷き高さを調節するコンクリートブロックの代わりにレンガを使うことを思いつきます。
コンクリートブロックも武骨な感じでよい雰囲気を出しますが、レンガもまたいい感じになるのではないでしょうか。
学生時代のアルバイト生活の頃から、レコード店で働いていて、入ってきた客が好きそうな曲を当てる才能の持ち主が主人公です。彼は、その曲を店内で流し、そのジャケットをレジの前に掲げておくと、なぜか、客がそれを買っていくことが多く、店の売り上げに貢献していました。アルバイトから正社員となり、レコード店で勤務していたのですが、老境を迎え、自分の故郷の近くの町で、古びたレコード店をまるごと譲ってくれる話があり、会社を辞めてそこのあるじとなりました。
レコードが廃れコンパクトディスクとなっても、その古いレコード店にあったオーディオである真空管が組み込まれている装置を通して音を流すと、デジタル音源が適度にまろやかになるのです。それを調整するのにコンクリートブロックが必要であると思い立ったのでが、コンクリートブロックを融通してくれるところからレンガがあると言われてレンガを積むことを思いつくのでした。

わたしは、オーディオ装置には、無縁の人間で、昭和の時代に青春を過ごしておきながら、レコードをかける装置を持ったことがなく、社会人になってCDを買っていたくらいです。
従って、実感として感じるところはありませんでしたが、オーディオが趣味の人の家で聞く音楽の音は、確かに心を震わすものがあり、いつかは自分もこの音を手に入れたいと、そのときだけは思うのでした。
こうした趣味を味わえた人は、ほんとうに幸せなんだろうなと思います。


信濃川の川上の方を見ると、左から弥彦山、多宝山、そして右に角田山が見えると、気が付きました。これは絶景。
夜に散歩したら、またキツネさんに会いました。今年、キツネに会ったのは5回目になりました。化かされるのも時間の問題か?

ヒルガオの中に頭を突っ込んで何をしているのだろうと思って、のぞいてみたら、小さな口を動かしながら花びらを食べていました。
破れているところは、全部、こいつが食べたのでしょう。

安定のヤマハ発動機の株主優待は、北海道産のハム・ソーセージセットにしました。
たまには添加物の少ない本物をたべたいよね。
ということで、梅雨入りまで秒読みの北陸地方。
今日は、窓拭きをして、網戸に虫よけスプレーを噴射しておきました。
4ヶ月持つので、10月半ばまで効果が持続すれば、夜中に蚊の羽音に悩まされることもなくなります。

伝記ホラーもの。昆虫学者とその妻(医者)が前半の主人公で、後半がその娘が主人公となる構成でした。
昆虫関連で面白いかなと思って手に取ったのですが、作者が視覚的なインスピレーションを受けて書いただろうなと思う程度で、ほとんど関係なく残念でした。
蜜姫は、病を他の人(ツボ)に移すことにより、完治させる能力を持ち、先を見通す力を持つ黒王とともに山奥の村を支配しています。病を治す医師の役割が、支配権を握る設定は、フィクションで閉ざされた社会でたまに見られますが、実際の歴史上での事例を知らないので、なんとなく違和感があります。
支配は、血族にその能力を伝えることにより代々受け継がれているのですが、その崩壊のきっかけが、昆虫学者とその妻が、村を訪れたことだったのです。
蜜姫が病を吸い取り、囚われたよそ者に移すグロテスクなシーンも怖いですが、彼らは律儀で必ず約束を守る義理堅さと、よそ者を人と思わぬ残忍さを兼ね備えているところが一番怖いところでした。
純愛と冷酷、義理と裏切り、と両極端に振れる心理が、このホラー小説の読みどころでしょう。
しかし、崩壊を知りながら、先代の黒王は、なぜ、双子を残したのか。
それは、語られてはいませんが、エピローグを読むと、なんとなく解る気がしました。
今週のお題「じゃがいも」
おお、お題がジャガイモですと!
ジャガイモには、ちとうるさい私です。
ジャガイモは、比較的新しい野菜で、15~16世紀ころにヨーロッパに伝わり一般化されました。
元はと言えば、南アメリカ大陸の標高3800mにあるチチカカ湖の浮島で栽培されていた芋だと言われています。浮島というのは、水辺に生えるカヤツリグサの仲間を刈って、積み上げて作る人口の島です。
そんなところで作られていたジャガイモは、痩せた寒冷な土地でも育つ栄養満点な芋として、世界中に広がりました。
アイルランドでは岩の上に海草を積み上げ、そこで栽培したところ、うまく行ったため、人口が急激に増えました。しかし、ジャガイモ疫病の蔓延により、食糧不足が深刻化し、アメリカ大陸に難民が渡ったことにより、アメリカ合衆国の原型となったと言われていて、世界をうごかした食物としても有名です。
ジャガイモはデンプンばかりではなく、ビタミンCなども豊富に含んでいて、麦も取れない瘦せ地でも育つため、貧者のパンとして人口増加に寄与したのでした。
マリー・アントワネットもジャガイモの紫の花を愛していたと言う言い伝えもあります。ジャガイモの普及にも寄与していました。

ネタ本(過去記事より)