暑い日が続きますが、小学生のころ(約半世紀前)、夏になると先生に「怖い話をして」と子供たちが騒ぐものでした。地元の小学校では定番の怪談があり、今考えてもよくできた話でした。それが『茂助地蔵』です。
新潟県の奇譚・怪談・伝説・昔話の類の本があると、載っていないかいつも確認するのですが、掲載されていたためしがありません。ネットで検索しても情報は皆無だったのですが、今年になってから、ちらほらヒットするようになりました。
そこで、記憶を補完しながら、書いてみようと思った次第です。
新潟県の最北端に位置する村上市、そこで広大な日本一の米どころ新潟平野は尽き、三面川を渡ると海岸まで迫り出した山道となります。

滝の前集落から、険しい山道を登り、国道345号線に合流すると間もなく茂助地蔵を見ることができます。

このお地蔵さんの由来が「茂助地蔵」の怪談となります。
茂助地蔵
三面川を越えると庄内平野までは、日本海に切り立った崖が落ち込む山道となる。行商人の女は、前を歩く旅の僧侶に目をつけていた。襤褸(ぼろ)を着ているけど、金を持っていると踏んだのだ。というのも、僧侶の履く草鞋(わらじ)が、片方だけ減りが少ないのだ。草鞋に小判を仕込んでいるに違いない。
滝の前集落を過ぎ、急な坂を上ると、崖の下に日本海が広がる。

煌々と照る青い月の下、女は後ろから縄で僧侶の首を絞め殺してしまった。
予想したとおり、僧侶は草鞋の中に小判を隠し持っていた。女は僧侶の死体を崖から落とし、その場を去った。
時が過ぎて、女は結婚し男の子を産み茂助と名付けた。
しかし、茂助は三つになっても四つになっても言葉を話さなかった。
子供が5つになった夜、女は、茂助といっしょに散歩をしていた。
すると、茂助が、女に語り掛けた。
「俺が殺されたのも、こんな月が青い晩だったなあ」
女が驚いて、茂助の顔を見ると、年老いた僧侶の顔になっていた。
(おしまい)
最後のセリフをいかに恐ろし気に言うかが、教師の腕の見せ所でした。
夜に峠を越えるのは不自然な気もしますが、すぐに岩ケ崎集落や月潟集落があるので、そこまで容易に歩いて行けるのでおかしくはありません。
身近にある土地と、証拠の地蔵様があるところもポイントが高かったようです。
また、茂助地蔵には、もう一つ言い伝えがあり、村上市神納に奉公に上がっていた百姓の娘(茂助)が給金をもらい実家へ帰る途中、旦那様に殺され給金を取られたというものです。
どちらも、金がらみの悲劇のため、地元では、お供えは金ではなく食べ物で行うというしきたりがあります。
